クラシックギターをやっています。少しずつ前に進んでいます。(カステラミルクの雑記帳2009年1月16日~2014年12月31日、カステラミルクの練習帳2009/04/09~2014年12月31日)定期更新を終了いたしました。
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 第二カステラミルクの練習帳を始めるまでの戯言(2015年5月4日~6月1日)
2015年06月01日 (月) | 編集 |
Anders Miolin - Fernando Sor - Variations sur "Marlborough s'en va t'en Guerre" Op. 28

https://youtu.be/NeVSeklJWoI

弾くのを躊躇している曲を上げてみました。
感想はまだ書けません。

そるさん、こまかいんやもん。
うっかりしたことはいえない。

2015年5月23日追記:右フレームに入れているツイッターにこれまであまり載せて来なかった写真を本日より投稿することにいたしました。
これも精神的リハビリです。
同じく右フレームに入れている夫のツイッターもよろしくお願いいたします。こちらは立ち直りが早すぎて頭に来ます。

2015年5月29日追記:
第二カステラミルクの練習帳
新しいブログを作りました。

2015年6月1日追記:
第二カステラミルクの練習帳には、とりあえず、ギターに関係ない過去記事を載せて、本日よりこれからのことをあっさりと書く予定です。
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 2015年4月1日:カステラミルクが思うこと いろいろ
2015年04月01日 (水) | 編集 |
こんにちは、ブログ復活です。(本日はエイプリルフールです。)

冗談はさておき、定期更新終了後の更新は、4月と10月にいちおう決めました。
6月と12月だと12月が焦るので。
桜の写真をここに入れたいのですがまだ撮りに行っていません。(間に合うだろうか。)
20150402-sakura.jpg
(2015年4月5日追記:間に合いました! これは4月2日に夫が仕事の合間にダッシュで撮って来てくれた写真です。この後雨が降って…。でも、4月4日の土曜日は午前中に用事を片付けて昼からお花見に行ってこれました。桜が散らなくてよかったです。)

ギターの写真って、あんまり撮らないんです。
だって、おんなじギターで代わり映えしないですし。
きょうのコーノくんとか、クロサワテツくんとか今更お見せするのも恥ずかしいですし。
お世話になっているブログ様がお修理のお写真をさらっと載せておられるのを見てすごい!、と思いましたが、よい子だから真似しません。

10月は…紅葉の写真を後から入れるかな。

桜の花と紅葉を何度も見ながら、私にソルが弾けるでしょうか?、などと思いながら歩いたことを思い出しますが、あの懐かしい風景は二度と見ないと決めています。

さて、前のエントリーにまた私が性格が悪いことを書いているんですが、言い訳しますと、それもこれも稲垣稔さんの録音が少なすぎるせいなんです。(←またごててます。)

聴きたい聴きたいさらっとしたのが聴きたい。

私の前の先生の蝋燭の炎がゆらゆらみたいな演奏が消えてしまっても、別のきれいな演奏は残るはずだったのに。
いや、蝋燭のゆらゆらだってまだ聴きたかった。

要するにいろいろ聴きたいんです。
プロの方もアマの方も私みたいな長くやってるだけの人も、こんなことにならないように、みなさま健康重視でお願いします。

半分焼けになっている私は今、若い人に大いに期待しています。

私の甥は四人いて誰もギターを弾かないけど、やっぱり一生懸命生きていて、みんな発想がやわらかくて、時代が大きく変わっていることを感じさせます。

若い人のポテンシャルが感じられる演奏が聴きたい。

そのこととは別に、古典とロマン派の頃の曲の編曲ものの数がもっと増えて欲しいと思っています。
それがないと他の楽器の世界とギターの世界はつながっていかないから。
セゴビアさんは偉大だけれど、放っておかれた部分がたくさんあるんじゃないかと思っています。

そういえば、私は昨年末、西垣正信さんのアルペジョーネソナタのギターソロ編曲と演奏の何が快挙かちゃんと書いていませんでした。
ひと言で言うと西垣さんはバイパスの役割(大手術とか大工事とか)を果たされたと思いました。
別々にロマン派があるような状態を打ち破られたのだと思いました。

シューベルトの大曲がギターソロで弾かれるなんて思ってもみなかったし、さりげなく聴こえるけど、ものすごい手の動きで、精神的なものが、最初の方はじわじわと最後の方はがーっと伝わって来て、でも受け止められたし、じんわりとしたものが残ったというのは、大演奏家さんと素人の観客が同じものを共有できたのだと思います。

上手い人はどんどん遠くなっていくけれど、山をいくつも越えて行かれた方は、精神的には観客の傍らに戻って来てくださるんだと思いました。

もちろん、そういう特別な演奏は聴きたいです。

本日はこの辺で。

 ご報告(2015年3月24日)
2015年03月24日 (火) | 編集 |
前の教室の先生が亡くなられて現在で半年以上経ち、1月下旬には教室のホームページがなくなりました。
段々と先生のお名前が検索エンジンから消えていく状況に合わせ、本日、私もひとつの記事に鍵をかけました。

今はただ、ご家族が静かに暮らせるようにと願っております。

私に教室を紹介してくれた友人と、最後まで共に学んだ仲間三名と連絡を取りたいと思っていましたが、夫も私ももう別の道を歩き出しており、これ以上振り返るわけにはいかないので、ここまでにいたしました
ギターを続けてさえいれば、いつかきっとどこかで会えるでしょう。


さて、夫と私は元気です。
新しい教室の先生には、たいへん温かく迎えていただき、今は楽しくレッスンを受けています。


その他の近況ですが、私は昨年末に宣言した通り、Youtubeを聴くことを控えて、CDをじっくり聴くようになりました。
その辺りのことを少し詳しく私の意見も交えて書いてみようと思います。

弾けなくてもある程度バロックの曲を理解できるようになりたくて、それも楽器ひとつで演奏されたものがよくて、低い音のものから聴いてみようとチェロを選択したのですが、これがなかなか難しく、いきなり壁にぶつかり、「古楽器製作家の思うこと いろいろ」様で、非常に聡明な方に、親切なアドバイスをいただきました。
全く手掛かりがなかったので、有り難く思っております。

新しく買ったCD(ロストロポーヴィチさんの「無伴奏チェロ組曲」とフルニエさんのいろんな曲が入っているボックスセット)は、一昨日注文して昨日届いたところです。
お安くてびっくりしました。(2枚+7枚=9枚で5千円未満です。)
たぶん今年いっぱいこれらを聴いていると思います。

古典とロマン派の曲の鑑賞については、僭越ながら、私は手掛かりを持っています。
恩師がぼろぼろの御手でステージで小品を演奏されたり、レッスンで長い曲を部分的に弾いてくださったのが、私の鑑賞の基礎にもなっています。

膨大でしかも正統な練習を積まれてきたプロの方に、この時代の曲の演奏に関して、私が望むことは、これでもかとテクニックを見せつけることではなく、普通にきれいに弾いていただきたいということです。
コンテンポラリーではそういうふうに弾いてくださって構いませんが、今のように夜は明るくなく、外は騒がしくなかった頃、人々を楽しませ、和ませてきた曲を、今の時代にわざわざ演奏されるのならば、先人への尊敬と感謝の気持ちが感じられるものであってほしいと思っています。

もっと言うなら、前の教室では、高齢の生徒さんの演奏の中に、その方が若いころ習われた別の先生のエッセンスが感じ取れることさえありました。
つまり、最終的に演奏は、演奏者の人柄にたどり着くと思っています。
この時期の作品の多くは、そういうものが聴き手に伝わりやすいおそろしいものだと私は思っています。

もしかしたら、私は、これらの曲についても、バロックの曲にするのと同じように、少し昔の演奏家の録音を選んで聴くのがよいかもしれません。(30年~40年ぐらい前でしょうか?)
手元にあるCDでは満足できませんし、身近によい演奏を聴くことはできなくなってしまいましたので…

コンテンポラリーの曲の鑑賞については割と自信を持っているので、これまで通り、深く考えず、楽しく聴いていこうと思っています。



捕捉:10年ぐらい前、夫と私はその時の教室の仲間に、一番好きなギタリストは誰かと聞かれて、ある方の名前を口をそろえて答えたことがあります。
「どこがいいの」、「昔聴いてた」等、複数の人に言われて、その時はどうしてだろうと思っていたのですが、残念ながら数年後、夫も私も別の理由で、その方の演奏を聴くことから離れることになってしまいました。
私は聴いた印象でだけですが、夫はたった一曲ほんの少しだけ技術面で引っかかるところが出てきてしまい、聴かなくなってしまいました。

最近、その方がプロ志望の若者に対してツイッターを通しておっしゃったことは、私は内容的には正しくても、言い方が非常によくないと思いました。
「少子化」という言葉が使われていました。
それは若者のせいではありませんし、それで彼らが努力不足になるという根拠はないと私は思いました。
その方は善意で厳しくおっしゃったのかもしれませんが、私には意地悪く映り、ファンを離れて正解だったと思いました。

指導者の言葉としては、溝淵浩五郎先生編著の「カルカッシ・ギター教則本」の「ギター上達に必要なこと」に書いてあることが、いつの時代も誰にもあてはまるすばらしい内容だと思います。

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