クラシックギターをやっています。少しずつ前に進んでいます。(カステラミルクの雑記帳2009年1月16日~2014年12月31日、カステラミルクの練習帳2009/04/09~2014年12月31日)定期更新を終了いたしました。
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 夫のだめ出し
2009年04月30日 (木) | 編集 |

昨日の午後、夫と私は、京都市内のマクドナルドでコーヒーを飲んでいました。

私は、この前の日曜日のレッスンが終わってから、ずっと悩んでいたことを夫に打ち明けました。
「私、あの曲、やめた方がいいのかな」
あの曲というのは、今年の初めから挑戦しているヴィラ=ロボスの「プレリュードNo.1」のことです。
「なんでえ?! 」
と夫は驚いた顔をして言いました。
「お前、あれ、よくなってるで。A-B-Aの、特にAの部分。(メロディーと伴奏の)弾き分けも感じが出てきてるし。Bはだめやけど」
「そうかな」
「逆にBは、転調してすぐのところ、あれはおかしいで。早く直さな、間に合わへん」

夫が間に合わないと言っているのは、直近の5月の発表会ではなく、11月のコンサートのことです。

「あれ、最近、(数の)読み方を変えたの。先生はもっと巻いてる」
「でも、あれは変や。俺が先生に言うてやる」

どういうことかというと、「ソシミソ、シミソシ」と低音から高音へ、2拍子で弾くところを、現在、私は「ソ、シミソシミ、ソシ」と弾き、真中のシミソシミを高速で弾いているのです。これをやることによって、その箇所で止まらない確率は上ってきましたが、CDで聴く曲のイメージとは違うものになってきています。

私がむしろ気にしているのはそこではなく、その直後の3拍子の小節の、1弦のスラーが、家では弾けてレッスンでは弾けないことなのですが…。

この前のレッスンで先生に直されたのは、むしろ、その後の、8分の3拍子になってからの「6重-3重-2重」の和音の弾き方なのですが…。

私は、小さなパンケーキをピックでつつきながら、
「横からごちゃごちゃ言われたら、『郷愁のショーロ』の時みたいに、余計、弾けなくなりそうだから、黙っといて」
と言いました。しかし、夫は、「黙っといて」と言われて黙るような性格ではありません。
「また、選曲ミスか? お前、あれ、やめるんか? 」
「いや、やめない!! あれは、私のための曲やもん!! 」

この曲の難しさがわかるにつれて、自信は失われていくのですが、それと裏腹に弾きたい気持ちは強くなってきています。

もしも、5月の発表会に出るのなら、今の時期は、とにかく弾き切ることに重点を置くべきだと思いますが、もうこの曲は11月のコンサートを目指していじりかけています。

頑張って弾き込んでいたのですが、やはり5月の発表会には出られそうにありません。


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 子供は竹の子
2009年04月29日 (水) | 編集 |

私が通うギター教室には、小さいお子さんも来ています。
残念ながら、その数は多くなく、長く続くことは稀のようです。

教室の発表会の昔のプログラムを見ると、子供が弾いたに違いない演目が多くあり、教室の生徒の年齢構成が今とはずいぶん違っていることが、窺い知れます。

現在の教室は、悠々自適な日々を送る高齢者とその予備軍(60歳前後)が大半を占め、後は意外と年を取っている若手(40代前後)ということになります。

それより下の年代がすぽんと抜けて、みんなで年を取っていくばかりの教室に、爽やかな風を吹き込んでいるのが、未就学から高校生までの子供達です。

残念ながら、その中で最年長の高校生の女の子が、昨年5月の発表会を最後に、学業優先を理由にやめてしまいました。

子供さんは誰も彼も、エストレリータ。雨後の竹の子のように伸びる、その勢いを誰も止めることはできません。

先生は子供さんは、どんどん先へ走らせます。

「大人は考えて止まってしまうけれども、子供は考えないから止まらない」
と先生はおっしゃいます。

それから、一昨年の暮れに最後に会った小学校3年生の男の子と、もっとずっと小さな弟も、いつの間にか、やめてしまっていました。

彼らの場合は、お兄ちゃんの方が小学校に上る少し前から、先生にギターを習い始め、急速に実力をつけて、半年後にはコンクールに出場し、その後は毎年出場していました。
在籍中はよい知らせを聞くことはなかったのですが、彼が元々持っている絵心は、先生がお教えになる、ゆるぎない基礎の上に、着実に花開きつつありました。

やめた理由は、お父さんが教室内にも競争相手を欲しいと思われて、その希望がかなう他のギター教室に移ることを決めたからだそうです。

いなくなった彼らを謗る人がいますが、人生は岐路の連続で、その度に決断をし、責任を取るのは当事者しかありません。

私が通うギター教室では、情操教育と割り切って、あまり進度を気にせずにいる親御さんの方が、お子さんを長く通わせる傾向にあるようです。

いずれにせよ、成長期に先生から基礎を学ぶという貴重な経験をした彼らが、どのような形であっても、ずっとギターを弾いていてほしいと、私は願わずにいられません。

【おまけ】Manuel María Ponce "Estrellita" M.ポンセ「エストレリータ」 by 自衛隊音楽隊
http://www.youtube.com/watch?v=RiRLxpGTxdU
↑以前、私も、あるギタリストさんのブログで、これの存在を知りました。

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2009年5月5日追記:(訂正とお詫び)

2009年4月29日の記事、「子供は竹の子」で、何気なく、「エストレリータ(またはエストレリート)」と書いてしまったのですが、男の子であっても、女の子であっても、Aで終わる「エストレア」という言葉には「イータ」と続けるのが正しいと思います。

昔の友人で、海外生活をしていた当時に付けられた呼び名が、女性であるにも関わらず、「イート」で終わっていました。仮に彼女が「まり子」という名前だったとしたら、「マリキート」と呼ばれていたことになります。

間違いをお詫びし、訂正いたしましたことを、報告させていただきます。

(訂正前):子供さんは誰も彼も、エストレリータ(またはエストレリート)。
(訂正後):子供さんは誰も彼も、エストレリータ。



 調弦
2009年04月28日 (火) | 編集 |

私は未だに人前で演奏をする時に、調弦を夫にやってもらっています。
その場に夫がいない時は先生に見ていただいています。

もちろん、自宅で練習する時は自分でやっています。
音叉でなくチューナーを使い、ハーモニクスも実音も出します。

そんなレベルですので、舞台の上で、ぽんぽんと調弦を合わせたり、調弦が違う曲を立て続けに弾いたりはできません。重奏もそうです。隣の人にギターを渡して調弦を見てもらうほど、みっともないことはありません。

5弦をチューナーで合わせ、7フレットのハーモニクスで1弦の開放弦、それから1弦と6弦の開放弦。後は5フレット(一部例外あり)&開放弦合わせです。

これに更に、ドミソ、ドファラ、シレソをやり、高いミと低いミ、高いレと低いレのように、高さが違う音階で合わせます。

ここまでやっても、まだ狂ってしまいます。練習をしながら、記憶の中にある和音とずれていると気がつくと、合わせ直しをします。

調弦をやる度に、私は自信を喪失します。昔、他の弦(打)楽器をやっていたとはいえ、あちらは弦の数が半分で音の数も少なく、和音も単純、しかも曲の途中に開放弦がたくさんでてくるので、合わせ直しは容易でした。

ギターの調弦は本当に難しいです。夫によると、大学1年生の夏に頭に叩き込んだそうです。昔、私をギター教室に紹介してくれた方は、最初の内は、ピアノを使っていたそうです。

確かに、ピアノの音は鮮明に頭の中に残るので、きっちり調律ができているものなら、それを頼りにギターを調弦することは理にかなっていると思います。

(余談ですが、私は電子ピアノをいずれ欲しいと思っています。ギターの調弦のためだけではなくて、「スケーターズワルツ」ぐらいはもう一度弾きたいのです)

いつまでも、私は、夫に調弦を見てもらっているから、おじさん(時にはおばさん)にきついことを言われたりするのかな、とも思います。

でも、ついに、昨年11月のコンサートの前に、先生に、
「もういいやろ」
と言われてしまいました。

それから、前々回のレッスンでは、先生に、楽譜に書き込みをしないように言われ、即、「プレリュードNo.1」の楽譜を、新しい写しに差し替えました。

中級者らしく、その辺を、大急ぎで改善しなければなりません。…大変です。



 2009年4月の日記
2009年04月28日 (火) | 編集 |

(2009年4月2日)

大正のレディースミキサーKN-200を購入しました。

大正のレディースミキサーを、楽天経由で、熊本のスイートキッチンさんから購入しました。

また九州なのは偶然です。(注:九州の旅行から帰ったばかりです。)

たまたま安かったからです。

届くのが早かったです。

まだだと油断して、ギターをのめりこんで弾いていました。

3月27日夜に注文して、週末を挟んで、3月30日夕方発送の、3月31日午後4時前に、荷物到着です。

昨日、初めて使ってみました。

よりによって、こねにくいブリオッシュ・・・。

手でやるのは、嫌。

というより、うちは年中節約家庭なので、お菓子やパンで、卵やバターをたくさん使うものは、あまり作らないんです。

感想は、大変でした。

横からゴムベラで助けてやらなければ、生地がまとまっていかなかったのです。(本当は、機械を停止させてから、やらなければいけません。)

リーガルブレッドメーカーK6743で、ブリオッシュの生地をこねたことがないので、比較することはできません。

今度は、食パンを作ってみようと思います。

ホームベーカリーの処分は当分、見送り。

置く場所がないので、仕舞いこもうと思っていますが、いつか使える環境になったら、もう部品を売っていないという結果になるような気がします。

2009年8月12日追記:リーガルブレッドメーカーK6743、処分しました。

市の規定通りに(電話連絡の上、400円シールを1枚貼って)出したのに、収集車が来るまでに盗まれてしまいました。

気分悪いです。


(2009年4月8日頃)

エッセイ「あまのじゃくの復活」製作中の日記

つらつら~と勢いにのって書いている「あまのじゃくの復活」。

こんなに長くするつもりはなかったのに、長くなってしまいました。

ここまで書いて見直すと、説明が多かったり少なかったり、 夫が主人公なのに、自分のことを書き過ぎて、夫のことが霞んでいたり、 時系列的におかしかったりします。

(私が教室を止めると言ったのは、発表会前なのに、その件が出てくるのは、発表会の後)

何年何月と書いてるところも一箇所だけでは変だし、 こういうところも書き足したいので、最後まで書いたら、手直しをします。

初稿はこんなもんで勘弁してください。


(2009年4月8日頃)

ところで、初めからこのホームページはグーグルに載っていたのに、消えてしまいました。

今まで、申請もせずに載っていたのに?

このFC2のホームページは、以前、全然更新しないブログを同じFC2に持っていて、 そこからリンクを貼っていたので、検索エンジンのクロールに引っかかっていたのかもしれません。

その時のブログは削除してしまったので、新しく検索エンジンに登録申請をしました。

しばらく待ってどうしても載らなかったら、「近況」をブログに移行する形で、ブログをまたやるかもしれません。

「コメント」「トラックバック」を受け付ける、のチェックボックスの、チェックを外すのを忘れると、 あっという間に荒らされてしまうのが嫌なんですけどね。


(2009年4月9日)

「カステラミルクの練習帳」を作りました。

ブログ形式の「カステラミルクの練習帳」を作りました。

これでまた検索エンジンにひっかかるようになるかしら。

・・・作った以上、練習せなあかん。

今度のブログは何も書かないでいると1年で削除されるみたいです。

いや、さすがにそこまではさぼりませんが。

私の練習記録が誰かの役に立つとは思いませんし、練習以外のことも書くかもしれません。

でも、ギターオンリーの内容にしようとは思っています。


(2009年4月11日)

顎関節症発覚

昨日、御所の近くの口腔外科へ行ってきました。

顎関節症発覚です。

今は痛みがないので、治療はなし。

レントゲンをたくさん撮られました。

ちょっと診察があって、今度症状が出たら治療すると、お医者さんに宣言されました。

それから、生活習慣を指導されました。

横向いて寝るなとか、姿勢をよくするとか、うつむかないほうがいいとか、重いものはもつなとか。

どうやって生活したらいいんでしょう。

お医者さんがおっしゃるには、

「全部だめというわけじゃないけど、人より顎が弱いことを意識して」

ということです。

なるべく、物は切って食べる、固い物は気をつけて、ガムは一生禁止。

・・・ギターをやっていることは黙っていました。

ヴィラ=ロボスの「プレリュードNo.1」にアッパーカットをかまされ・・・、 いや、ギターのせいとは限りません。

複合要因だと思います。

 

(2009年4月14日)

明日で一週間

ブログを始めて明日で1週間です。

三日坊主ではありませんでした。

ココログは重いです。

でも、テンプレートがかわいいのでしばらくやってみます。

そちらは検索エンジンにすぐに載りました。

投稿は簡単だけど、画像をどうやって入れたらいいのかわかりません。

いつまでテキストだけのギター話が続くのだろう…。


(2009年4月16日)

連絡先について

「買い物のこと」の続きをブログ「カステラミルクの練習帳」の方に書くことにしました。

この、今見ていただいている「近況」も、どうしようか考え中。

ココログはアクセス解析の機能がデフォルトで付いています。

FC2は設置しなければつかなくて、私はこのホームページではトップページにしかつけていません。

そういう意味では、来て下さる方も私もゆっくりできるので、「近況」はこのままにしておいた方がよいような気もします。

さて、私のブログはコメント、トラックバック、メールアドレスもないという不親切なものです。

(このホームページ「カステラミルクの雑記帳」まで来て頂けたら、連絡先はわかりますが)

私は、人の意見を聞かないんじゃなくて、むしろ聞きすぎて、しんどくなってしまうタイプです。

独身の頃、もう9年とか10年とか前に、エッセイや詩のホームページをやっていて、 掲示板やメールで、「あなたのを読んだ。よかった。私のも読んで」という意見が多く寄せられて、 その対応が結構、忙しかったです。

今もたまにそういう依頼がメールで来ます。

時間があれば読んだり感想を書いたりしていますが、ご自分の子供さんのことを書いたものとか、やっぱりキツイです。

私が体が悪いことを知っている人からもそうでない人からも、 「子供は親を成長させる」という言葉を、何回聞いたかわかりません。

「人の嫌がることはしない」って、小学校で習わなかったのかな?

そんな人達のことを「お父さん、お母さん」と呼んでいる子供たちがかわいそうです。


(2009年4月19日)

世の流れはブログか。

ブログを開設してもうすぐ2週間になります。

あっという間に検索エンジンに載り、ちょこちょことアクセスが増えてきています。

私自身は、何か情報を得たい時、ブログよりも、ホームページの方が見やすいので、ホームページで発信しておられる方を優先してみているのですが。

ただいま開店セールということで、ブログは毎日更新中です。

一応、一ヶ月を目標にしています。

それをすぎたら、ちょこちょこ休みを入れながら、ということにしたいと思っています。

毎日夜にテーマを考えて、朝に洗濯機をまわしながら、一気に、勝手なことばっかり書いています。

長いコラムばっかりだと読者の方も私も疲れてしまうと思いますので、だんだんと短く、情報提供みたいなものにしていこうかなとは考えています。

お休みしている「CDの感想」や「電車のこと」などは、やはり、「カステラミルクの雑記帳」の方でやりたいです。


(2009年4月24日)

ぴこぴこ交換

ぴこぴこ交換に大阪ガスの代理店の人が来て、ガスコンロと浄水器のセールスをしていきました。

すすがたまっているから掃除した方がいいとか、京都では浄水器をつける家が多いとか、ガスコンロもだいぶ古くて(2001年5月位から使用)くたびれてきてるとか…。

掃除はするけど、夫の実家には浄水器もなければ、ガスコンロなんて正に昭和の雰囲気で、点火スイッチがチャンネル。

10時から11時の間というので待っていたら、11時前に来てなかなか帰らず、ガス漏れの時は換気扇をまわさず窓を開けるとか、大事なことも言ってくれるからむげにはできず、やっと帰ってくれて、やっと「練習帳」の文章を書くことができました。

今日は予定がずれずれです。

さあ~、ギター弾かなければ、明日、明後日は弾かない日です。


(2009年4月28日)

センタープラザの歌

27日の深夜です。

同居人の仕事の都合で、ここのところ生活はかなり不規則です。

ガス屋のセールスについて調べていて、「点検商法」という言葉を知りました。

まあ、どんなに粘られても、買う予定のないものを買ったりはしません。

カステラミルクの雑記帳の中の、「九州・乗り鉄の旅」の中の、「熊本観光その2」のページに一件、リンクを貼りました。

本当はMIDIを貼りたかったのですが、やり方がよくわからないし、勝手に鳴り出したら、うるさいと思ってやめました。

「熊本交通センター」http://www.kyusanko.co.jp/terminal/index.html

「テーマソング」http://www.kyusanko.co.jp/terminal/pages_pink_purazasong.htmlが流れたら、映画のヒロイン気分です。

「思い出アルバム」http://www.kyusanko.co.jp/terminal/pages_green_gaiyou2.htmlで二度おいしいです。



 4小節のシャコンヌ(ヴァイス)
2009年04月27日 (月) | 編集 |

昨日のギターレッスンで、私は、動きの悪い車で無理やり走って、挙句の果てにラジエーターから水が噴き出すような醜態をさらしてしまいました。

このブログにおいて、「芸術とは」と語っている私の実態は、こんな感じです。
それでも、まだ懲りずに、減らず口を叩きます。

「芸術家になれなくても、芸術をリスペクトする人には成れる」

今の私がそれを言っても、まったく説得力はありませんが。

昨日はそれでもいいこともありました。

ヴァイスの「シャコンヌ」を初めて教わりました。4小節だけです。
とりあえず、低音のベースがないところは弱く弾いてみたのですが、先生からは、それよりも、どの音も確実に伸ばして弾くように指導されました。

基本中の基本からスタートです。この曲は、じっくり、ゆっくり、焦らずにやっていこうと思います。けして事件は起こさず、最後まで清らかな状態を保ちたいと思っています。



 大失態
2009年04月26日 (日) | 編集 |

今日のギターのレッスンは、本当にぼろぼろでした。

私のギター生活、いや、人生始まって以来の大失態と言ってもいいかも知れません。

これまで、どん底に落ちてみたら、さらに底があったと言う経験は何度もしてきました。

その私が、この上、何を仕出かしたかというと、「アルハンブラの想い出」のラストの和音を忘れてしまいました。

これだけはしたくない。本番では二度としたくないミスです。

今日はトレモロがうまくいかなくて、うまくいくように必死で考えて、冒頭部分の繰り返しから持ち直し、中盤崩れつつも何とか持ちこたえて、最後の最後に記憶が吹っ飛んでしまったのです。

それだけではありません。

苦笑いをしようとした私の口元から、ぼたぼたと涎が垂れてしまったのです。
私は、一瞬、何が起こったのかわかりませんでした。

先生が笑いながらティッシュの箱を差し出してくださったので、私は慌ててそのティッシュで口元をぬぐいました。

それだけではありません。

もう一度弾き始めた私の前に、夫が進み出て、ティッシュの箱を取って、私の前のカーペットをティッシュで拭き始めました。私の涎はこの間新しくなったばかりのカーペットの上にまで落ちてしまったのです。

先生、奥様、先生のご自宅でレッスンを受けておられる他の生徒の皆様、本当に申し訳ございません。

気休めですが、手持ちの薬用ミューズウェットティッシュで、もう一度拭いておきました。

この後の「プレリュード第1番」も、終盤、飛ばしてしまい、前に戻って弾きなおすというミスを仕出かしました。この曲は、前のレッスンでは弾ききったのに、もう全然いいところなしです。多少、叙情を意識したというのは、もう言い訳に過ぎません。

今日は、前回も前々回も来ることができなかった夫が来ていたのですが、こちらは大した練習もしていないくせに、余裕綽々でした。本人曰く、前回のレッスンより悪いそうですが、私が聴いている限りでは、前回よりは角が取れてる、つまり全体的にこなれてきている状態なので、何の問題もないように思います。

これが歴然としたレベルの差なのかなと思います。

あまりに落ち込んでしまいましたので、後で元町のエビアンでプリンを食べました。
おいしかったです。



 爪の形
2009年04月25日 (土) | 編集 |

私は、8年(もう少しで8年半)、ギターをやってきて、爪の形には未だに悩んでいます。

ごく初期の頃はほとんど練習していなかったので、次のレッスンまで時間が空く時は、勢いよく爪きり器で摘んでおりました。

半年ぐらい経って、「練習は嫌いだけど何故かやめたくならないな」と思った頃から、私は右手の爪を伸ばすようになりました。

私はかつて別の弦楽器を弾いた経験があり、それは大きな道具を使っておりましたので、爪は長い方がいいと思っていました。

爪が長いと、弦にあたってから抜くときにひっかかりぎみになってしまい、音はうるさくなってしまうのですが、その頃の私は左手で弦をしっかり押さえることができなかったので、右手の爪が長かろうと短かろうと、大した影響はありませんでした。

先生も私の爪の形については、ごく初期に爪の整え方を教えただけで、放っておかれました。

再び、ご指導があったのは、ごく最近です。レッスンで「アルハンブラの想い出」を弾いている際、その場で爪の形を直されました。大分短く、1mmあるかないか、左の角は完全に落とし、紙やすりを丹念にかけるよう、指導されました。

その効果は直後に現れました。その日、調子が出なかった「アルハンブラ」がさらさらと流れ始めたのです。

でも、家に帰って爪の形を同じようにしてみても、その曲を同じようには弾けません。

ギターは、爪の形だけで弾くわけではありませんが、爪の形がよい演奏をするための必須条件であることには、疑いの余地はありません。



 難しい曲
2009年04月24日 (金) | 編集 |

昨年11月、ギター教室のコンサートで、私はタレガの「ラグリマ」と、トロバの「松のロマンス」を弾きました。

演奏会の前に、出場者は控え室で練習をするのですが、その際、いつも、やたらと話しかけてくるおじさんがいて、私は手を焼いています。
本音は、
「うるさいんじゃ、あっちへ行け!! 」
と言いたいところですが、ぐっと堪えています。

何故なら、いつも演奏会では、その方の方が仕上がりがいいのに、私の方が発表の順番が後だからです。

ギター教室の演奏会の発表順は、先生の専権事項なので、何を基準にしておられるのかはわかりません。先生は、曲の雰囲気や仕上がり、ソロと重奏の違いや、休憩の前後になる曲、演奏会の最後に先生が閉めの演奏をされる直前の曲など、様々なことを考慮しておられると思います。

その日も、来ました。呼びもしない、話しかけもしないのに、絶対にその方は夫と私、特に最近では私の方にくっついてきます。
「○子ちゃん、また難しい曲やるの? 」
その質問の内容に半ば厭きれながら、
「ううん。そんなに」
と私は明るく言いました。
おじさんは、私が今回は生意気な行動を取らないと知って、うれしそうでした。

これは嘘です。たまには私も夫のようにジョークをやります。その前の5月の発表会で、私は「郷愁のショーロ」というど真ん中の難しい曲を弾いたので、次は、簡単そうに見えて難しい曲を選んだのです。

特に、「松のロマンス」は、非常に難しい曲です。
作曲家の意図を汲んで、絵画的な表現をして弾いたら、そういう意味においては、「郷愁のショーロ」以上に難しい曲に違いありません。
「ラグリマ」だって、本当は難しい曲です。

コンサートが終わってから、次の曲を選ぶ際、私は、先生に、
「『ラグリマ』は、先生だったら、ゆっくり弾きはるでしょう? 」
と聞いてみました。先生は、
「まあな」
とおっしゃって、その曲のごく一部分だけ、本当にゆっくりときれいにお弾きになりました。

ギターを弾く上で、もちろん、技術は大切ですが、その前に、芸術が何であるかをわかる方が大切だと思います。

私はそこに一歩でも近づきたいのです。



 夫の選曲の基準
2009年04月23日 (木) | 編集 |

現在、夫はマキシモ・ディエゴ・プホールの「あるタンゲーロの死に寄せる哀歌」を練習しています。

この曲には「ピアソラ讃歌」という副題が添えられています。
今年の始めに、彼が11月のコンサートに向けて、この曲を選び、音取りを始めた際、私はあまりの不協和音の連続と、彼にしてはめずらしいつっかえの多さに驚きました。

てっきり個人的な苦悩の曲と解釈していたら、ピアソラの死を悼む曲であるという説明を受け、この曲が仕上がってきたら、偉大な音楽家に対する敬意や哀惜なども、含まれてくるのだと理解できました。

それにしても…です。
「なんで、ピアソラを弾かないのに、ピアソラの死を悼む曲は弾くわけ? 」
と私が聞くと彼は、
「別にいいやん」
と笑っています。

彼の選曲は、いつもどこか「ひねり」があります。わかる人にしかわからない意地悪さがあります。軽妙なジョークと言ってもいいかもしれません。

「ど真ん中はイヤ」
「手垢がついている曲はイヤ」
「端正な曲がいい」
「簡単そうに聴こえて実は難しい曲がいい」

一つずつ説明すると、ピアソラの「ブエノスアイレスの夏」は、彼にとっては「ど真ん中」の曲に当たります。それに加えて、原曲がピアノのものも避けています。アルベニスの「朱色の塔」などが、これに当たります。

「手垢がついている曲」は、ここ数年の間に、ギター教室の演奏会で、他の生徒さんによって弾かれた曲を指しています。一時よく弾かれていた「アストリアス」などが、それに当たります。

「端正な曲」は、私もまだ十分に把握できていないのですが、ソルの「アンダンテ・ラルゴ」は正しくそれに当てはまります。それは、難解さ、派手さを好む彼にとってはめずらしく静かな曲で、古い形式の上に、いつまでも色あせない清新な雰囲気を湛えています。

「簡単そうな難しい曲」は、厳密にいえば、ギターの曲はすべてそうなのですが、彼の場合だと、「聖母の御子」など、親しみやすいメロディーにもかかわらず、ギターで弾くと意外に難しいポジションが含まれている曲がそれに当たります。

先生も、彼が持ってくる曲を、楽しみにしておられるようです。
変わった曲だと楽譜を持っておられないこともあり、レッスンの終わりに、
「次回からこの曲をお願いします」
と、写しをお渡しして、玄関で靴を履いていると、先生が早速、音を取り始めていらっしゃるのが、聴こえてきます。

先生に、わかっていただけたという喜びでいっぱいになって、私達は帰途につきます。



 夫の練習
2009年04月22日 (水) | 編集 |

現在、多忙で、尚且つ、自信家の夫の練習は、私とは違っています。

大体、週に3日ぐらいでしょうか。夕食の後、彼は、
「あー、ギター、弾かなくちゃ」
と思い出したように言い、
「あー、爪、やらなくちゃ」
と爪の手入れに精を出し、それが終わるとやっと、今、先生に見ていただいている曲を弾き始めます。

指の運動とか、アルペジオとかカルカッシなどは、めったにやりません。

時間も短いです。
「ものの30分」と私が言ったら、「もう少しやっている」と彼に抗議されました。
これは時間を計っていないのでわかりません。

彼は、最初に一曲通して弾いてみて、それがうまく行ったら、それ以上は弾きません。
「今日はこれで終わり! 」
と、さっとギターを片付けてしまいます。

うまくいかない場合は、理由を考えながら、その箇所を何度か弾いてみて、自分で克服できたらそれでよし、無理な場合は次のレッスンまで持ち越して、先生に相談しているようです。

基本的に彼は、ストイックに長時間弾くということをしません。

私が思うに、彼は、次に人前で演奏する時はこういうふうに弾くというイメージができていて、それに一歩でも近づいたら、それでよいことにしているのだと思います。

もしも、先生が、もっと練習するように彼をけしかけていったら、彼はもっと伸びるでしょうけれども、きっと焼き切れてしまうと思います。

人前で弾く時の、彼の演奏は、私の目から見ても、もう少し弾き込んでいたらよかったのにと思わせるものです。

しかし、彼は、少々のミスは笑い飛ばし、取り返しのつかない失敗(いわゆるパンク状態)以外では、落ち込むことがありません。

練習の場でも発表の場でも、彼はどこか勝負師めいたところがあります。



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