クラシックギターをやっています。少しずつ前に進んでいます。(カステラミルクの雑記帳2009年1月16日~2014年12月31日、カステラミルクの練習帳2009/04/09~2014年12月31日)定期更新を終了いたしました。
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 ジュウジヤさんへ行ってきました。
2010年07月31日 (土) | 編集 |

今日はだんなさんの体調があまりよくなかったので、ひとりで町をぶらぶらしてきました。

益田正洋さんの「ソナタ」を買うと決めて、寺町三条のジュウジヤさんへ行き、

20100731masudacd.jpg

ちょっと試聴して、やっぱり買おうと決めて、レジへ向かったその時、

20100731jeugia.jpg

こんなものが目に入ってしまいました。

だからというわけでもないのですが、

20100731fukudacd.jpg

こんなものも買ってしまいました。

~今や「若々しく鮮やかな円熟期」にある福田進一~
エチュード・ブリランテ タレガ作品集 Ⅱ 福田進一

一辺に2枚CDを買うなんて、何年かぶりです。

レジの女の子が笑っていました。

もしかして、私、あなた達の罠に引っ掛かった?

でも、タレガは勉強しなくちゃ。

帰宅後、だんなさんにCDを見せると、益田正洋さんは私がファンだから、買ってくることは、ある程度予測していたみたいですが、お店を出てすぐに携帯メールで謝った2枚目が、福田進一さんのタレガ作品集だったのは、意外だったみたいです。

2010年8月2日追記 :

この記事を、2010年7月31日にアップした時は、福田進一さんのアルバム「エチュード・ブリランテ タレガ作品集」の次に「Ⅱ」というローマ数字を、書いておりませんでした。

というのは、私はⅠがあるのを知らなくて、Ⅱというローマ数字の字体も上の蓋がなくて、二枚目だとは全く気づかずに買ってしまっていたからです。

でも、Ⅱの方がめずらしい曲が色々入っているので、夫と私には合っていました。
この件については後述します。


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 最近はギターを触る時間を増やしています。
2010年07月30日 (金) | 編集 |

私が根を詰めて練習するのは、相変わらず月曜日から金曜日までの平日の1時間です。

しかし、それだと未だに苦手な調弦に気を配る時間が不足するので、最近、それにプラス30分から1時間、目的を決めずに、だらだらとギターを触ることにしました。

私はギターを始めて10年目なのですが、あまり遊びでギターを弾くことはなかったので、今、初めて、ギターに慣れようとして、触ってみています。

大分、5弦と音叉の音が合う確率が上がってきたと思います。

最初から音叉を鳴らしてしまうのではなく、自分がこうだと思う音に5弦の5フレットを合わせ、それから、音叉を鳴らして、微調整をします。

他の弦は、あちこち押さえて、合わせていくのですが、最近気に入っているのは、1弦開放のミに2弦と6弦を合わせ、4弦も合わせ、5弦に2弦の開放のシを合わせ、3弦の開放のソは6弦と1弦で確かめるというものです。

これでも、アグアドのアルペジオなどを弾いてみると、ずれている気がして、ねじをいじって、却って、おかしくなることがあります。

大体いけていると思っても、3弦と4弦がどうも変ということもあるし、調弦は本当に難しいです。

この時、弾く曲は決めていません。

今日は、ソルの「別れ」の、まだ習っていないBとか、ソルの「ギャロップ」やリンゼイの「雨だれ」を弾きました。

来週はトロバの「トリーハ」も一応、見ておこうと思います。

レ調弦の曲は久しく弾いていません。

ソルの曲集に載っている小品も、レ調弦の分は後回しにしているので、それもやってみようと思います。

くれぐれも二重奏に影響が出ないように、とは、私の夫からの苦言です。



 少しだけソロの準備をしました。
2010年07月29日 (木) | 編集 |

今度の秋の発表会で、私は二重奏での出演を希望しているため、ソロの曲を弾くかどうかは未定です。

でも、もしもの場合に備えて、練習はしておくことにしました。

先生が挙げてくださった曲の中から、一番負担が軽そうなリンゼイの「雨だれ」です。

これを習ったのは、もう大分前…、2003年か2004年頃で、私がギターを続けていけるかどうか非常に微妙な時期でした。

教室も、カルチャーセンターの方だったか、先生のお宅に移っていたかどうか、思い出せません。

覚えていることは、この曲を弾くのは、楽しかったということだけです。

最初は、スラーの表記に戸惑いましたが、先生に、手取り足取り教えていただいて、ポロポロ間違えながら弾いている内に、段々と手が動き出し、すいすいと弾けるようになった記憶があります。

昨日、楽譜を見て、さっと弾けるかと思ってやってみたのですが、さすがにそれは無理でした。
新たに音を取り直し、ちょっとややこしい中盤のピウモッソだけ今日に持ち越しました。
今日は、その部分の音を取り、リズムを取って弾く練習を少ししました。

これを弾くとしたら、初級の頃とは少し違う演奏がしたいと思います。

自分としてはサグレラスの曲集の中の短い曲も捨てがたいです。
発表会で、何曲か束にして弾けないかと考えています。

目下、私は9番を習っていて、10番は予習をしてくるように言われていますが、まだそこまで進んでいません。

でも、先に進みたくて、うずうずして、11番の音を勝手に取ってしまいました。
それが、非常に気に入っています。

たいそう短い暗いトーンのワルツですが、暗い時代をたくましく生きる、複数の人間の存在が感じ取れます。

物語を想像して弾くのが好きな私にとって、この曲の魅力を見逃すことはできません。

おまけ :昔の楽譜の書き込みを消しているところです。

20100729amadare.jpg



 早朝、聴いている曲
2010年07月27日 (火) | 編集 |

連日、暑くて、寝苦しく、睡眠不足です。

私は、元々、咽喉が弱いので、年間通して、咳で目が覚め、変な時間に起きていることがよくあります。

寝不足は、 たまりにたまると、疲労で夜の十時ぐらいに寝られるようになってきますので、その数日間で、解消しています。

さて、深夜、眠たくても眠れない時などは、ドメニコーニの「コユンババ」を聴いている私ですが、 早朝、起き出してしまい、もう本格的にはとても眠れそうにない場合は、新井伴典さんの演奏によるトゥリーナの「ソナタ ニ短調」か、山下和仁さんの演奏によるテデスコの「悪魔のカプリッチョ」をよく聴いています。

二曲は全く別の曲で、全く似ていません。

しかし、この二曲には、訴え方の強さとか、光と影のコントラストとか、 余計なものを排除していく潔さとか、シャープな終わり方とか、曲を構成している要素の種類に共通点があって、それが自分の好みに合っていると思います。

私は、うつらうつらしながら、「ソナタ ニ短調」を通して聴き、第三楽章のラスギアードでほんの少しだけ、覚醒します。

だんだんと好きになりつつある曲ですが、 この曲で、私が何かドラマティックな想像をすることは現時点ではありません。

それはむしろもうひとつの方―。

「悪魔のカプリッチョ」に、私は、非常に想像力を掻き立てられます。

悪魔が意味するところは、技術的に非常に難しいということのようですが、私の想像の中では、正しく悪魔が登場します。

些細なことから罪を背負い地獄に落ちた人間が、そこから這い上がろうとするけれども、またさらに深いところに落ちてしまいます。

彼(あるいは彼女)の記憶からは 何もかもが消えていき、自分が誰なのかもよく分からなくなっていきます。

ほんのわずかな自分が残っている、その最後の時に、一筋の光が見えてきます。

その光が 見えたところからが、曲の始まりです。

彼(あるいは彼女)は、それを頼りに、まだ自分をそこに押しとどめようとする悪魔たちと戦います。

それは大勢いて、 次から次にかかってきますが、彼(あるいは彼女)はかつての自分よりもはるかに強くなっていて、すべての戦いに勝利して、最後には元の世界に帰って来ます。

天国、と考えないのは、まだ私が現世に望みを捨てていないからです。

朝の四時とか五時頃に、こんなことを考えてしまう私は、今、暑さに相当やられています。



 ここが意地の見せ所 その2(=最終回)
2010年07月26日 (月) | 編集 |

夫がレッスンを受ける番になりました。

彼が次の発表会用に選んだ曲は、バッハの「リュート組曲第一番」の「プレリュード」です。

いつもなら、初見で、大概の曲を弾き進めてしまう彼ですが、今回ばかりは違いました。

少し弾いて、すぐに、先生の独壇場になりました。

先生はこの時、いたずら少年のように、口元に笑みを浮かべて、夫を置き去りにして弾いていらっしゃいました。

キュラキュラキュラー、キュラキュラキュラー

厳密には違いますが、雰囲気としてはそんな感じに聴こえました。

後で夫に聞いてみると、モルデントあるいはプラルトリラーだと言われました。

楽譜を見せてもらうと、後ろが跳ねたアルファベットのMのような記号がありました。

「それから、ここ」
と彼が指差した箇所は、4本線の…、64分音符でした。

「音は取っていったんやけど」

さすがの彼も、いきなり弾くことはできなくて、先生が気持ちよさそうに弾いていらっしゃるのを、横で見ていることしかできなかったそうです。

しかし、彼はすぐに練習して弾けるようになるでしょう。

ここに来て、彼は現代曲を弾くイメージから脱したいのだそうです。

複数の生徒さんに支持していただき、彼自身も得意としてきたこの分野をいったん離れることは、残念でさびしいことですが、これからのことも考えると、今、彼に、新たなバロックの曲のレパートリーが加わることはよいことだと思います。



 ここが意地の見せ所 その1
2010年07月25日 (日) | 編集 |

本題に入る前に、まず、昨日の記事の訂正と補足をさせていただきます。

「次のレッスンが数日後」と書いてしまったのですが、今日のことで、本来、「明日」と書くべきでした。
書いた時は次の日がギターだという自覚に欠けておりました。
大変申し訳ございません。

それから、私が夫を茶化している「バッタ作品集」の正式な名称は、「演奏会用バッハ名曲選集」で阿部保夫さんの編です。

それでは、本日の内容に移らせていただきます。

今日はギターのレッスンでした。
夫と一緒に、うだるような暑さの中、京都から神戸の先生のお宅まで行って帰ってきました。

私は咽喉を痛め、夫は胃腸を壊していましたが、今日は次に弾く曲の話をしなければならないので、どうしてもレッスンに出席しなければなりません。

私はいつものように、アグアドのアルペジオやサグレラスの曲集の9番で左手の指の置き方や移動の仕方、右手の音の出し方を教わり、その後、グラナドスの「オリエンタル」を弾こうと楽譜を広げたら、先生にいきなり、
「重奏はもういいやろ」
と言われ、ショックを受けました。

しかし、ここで、先生がおっしゃる通り、止めてしまっては、私の壮大な計画が幕引きになってしまいます。

私は語気を強めて、
「私、これ、次はノーミスと思っているんですけど」
と言いました。

先生は、「ここから先はあまり上手くならへん」とおっしゃいましたが、すぐにその言葉を覆すように、「僕はいつでもいいけど」と了承してくださいました。

Aでは和音を構成する音のバランスが悪い(特に薬指の音が小さい)と言われ、非常に細かい修正を行い、Bでは歌の出だしをアポヤンドで弾くことを習いました。

ソルの「別れ」は、1、2小節目の和音の修正がありましたが、他は大体よかったみたいです。
課題になっていた16小節まで、わずかに音の取り間違いがありましたが、それ以外はすうっと前に進みました。
その後、先生が29小節の途中の区切りがよいところまで、模範演奏をしてくださったので、今度はここまでが課題になります。

発表会の話をもう少しすると、先生には、グラナドスの「オリエンタル」の二重奏をする場合、ソロは過去にやった簡単な曲を弾くことを薦められました。

たとえば、リンゼイの「雨だれ」、ソルの「ギャロップ」、トロバの「トリーハ」。

ところが、先生が「『トリーハ』は長いので、リピート無しで」とおっしゃったので、私は、それまで、何でもいいから何かしらソロを弾きたいと思っていた気持ちが、一瞬にして消えてしまいました。

過去に私は自ら、バリオスの「郷愁のショーロ」のAの最初のリピートを削ったことがあります。
それは、私が、自分の演奏が下手だということを自覚していたからです。

「トリーハ」は簡単に弾けてしまいますが、実は難曲です。
かなり上手な方が後ろの方の出番で、フルコーラスで弾くべき曲です。

しかし、いくら私が下手だと言っても、私はこの曲を一年かけて習った経験があり、年末の弾き納め会でも弾いて、気持ちの配分の仕方を知っています。

演奏時間の兼ね合いとは言え、「オリエンタル」の演奏のために、「トリーハ」の演奏時間が削られるのは、忍びないです。

この件について、私は先生に即答せず、後でお返事をすると言いました。



 今後の方針
2010年07月24日 (土) | 編集 |

肝試し会が終わり、次のレッスンが数日後にせまって来ています。

夫は秋の発表会で弾く曲を探し始め、いろいろと弾いています。
いつも曲探しが遅い人なので、これはめずらしいことです。

私はテーブルの上に無造作におかれた灰色の表紙の曲集を見て、
「何、これ? 『バッタ作品集』? 」
と言いました。

「失礼な!! 」
と彼は言いました。

これは、いつも曲をちゃんと仕上げない、彼に対する私からの皮肉です。

彼は、アルファベットで書かれた作曲者名を指差して、
「これを読んでみろ」
と言いました。

「ヨハン・セバスチャン・バッタ」

「あ、一応、知ってるんや」

いくら音楽知識が少ない私でも、それぐらいは知っています。

アマチュア・ギタリスト夫婦である私達が普段している会話のレベルはそんなに高くありません。

前置きが長くなりましたが、今回はその話ではありません。
次の発表会やその後のことについてです。

彼は現在、足踏み状態の私のことを心配しています。

「ギターが面白くなくなってきたんじゃないか。前みたいな勢いがない。課題が多くて、どれも中途半端」

「それは、今まで綱渡りみたいにしてやってきて、真面目に勉強しているからだと思う」

「調弦ができなくて、Aさんを抜けないでいる内に、Bさんに追いつかれて抜かれてしまう」
という話から、彼は、具体的に、次の発表会の構成まで心配し始め、
「一番始めか、(一部と二部の間の)休憩の前が出番になるから、『後の方を弾かせてください』と先生に言え」
とまで、言いました。

「それはできない」と私は言いました。
「演奏順は先生が決めることだから。私自身、私より上手い人の後を弾いてきた。これからは、ある程度、そういうことも仕方がない」

「ふたりが先生に交渉して、後の方を取ってしまってもか? 」

そこまで言われてしまうと、私は少し考えてしまいます。

当日、先生はお忙しく、生徒全員の世話をしなければならないため、私と合わせる時間はそれほど多くないと思います。
彼女らは直前までパートナーと練習することが可能で、私は不利です。

それでも、私は夫の提案を拒絶しました。

そんなことをしては、私のこれまでのことが無駄になってしまうし、音が濁ってしまうと思ったからです。

この時は、ちょっとした話の行き違いからだんだんエキサイトして、仕舞いに物が飛びました。

しかし、翌日はお互いに冷静さを取り戻し、発表会を飛び越して、来年の話をしました。
現時点でタイトルは言えませんが、彼は古い曲を弾きたいと言い、私は「5番を弾きたい」と言いました。

「何の5番や? 」
「スペイン舞曲の5番。先生と弾く。先生やったら、飛び込んで行ける」

今年の暮れで、私がギターを習い始めて丸10年、来年の春で結婚生活も丸10年、普通なら、夫婦による初の二重奏を、他の生徒さんの前で披露してもよさそうな時期なのですが―。

「三年くくりで考えて、私はバリオス、バリオス、ヴィラ=ロボスとソロをやってきて。次は、二重奏の三年で。先生、先生、で、最後の年をあなたとやりたい」

重奏は身を乗り出して聴かれる、これが夫婦なら尚のこと。
ここまで、待っていただいた、他の生徒さんを落胆させないためにも、よい演奏をしたい。

夫は、これに同意しました。



 肝試し会の反省とこれからの課題 その5(=最終回)
2010年07月23日 (金) | 編集 |

その後の演奏を、夫は落ち着いてまとめました。
そういうところは、やはりベテランだと思いましたが、その後の演奏は、小さくまとまり過ぎた気がします。

感情移入はほどほどにして、正確に丁寧に弾くことに、気持ちを切り替えたのでしょう。

ずっと練習を聴いてきた私にとっては、もう少し、気持ちを入れて弾いてほしいところでした。

そうでなければ、友の死による深い悲しみからの立ち直りが早すぎるからです。

ちゃんと弾けていましたが、気持ちの入り方が尻切れとんぼになっていました。

特に最後のBの終盤では、打ち寄せる波のような盛り上がりに欠けていました。

しかし、演奏後の夫は、飄々としていました。
ミスをしたところは、残念に思っているものの、それ以外の演奏には、概ね満足したようです。

ただ、次の番の方が、「バリオスの… 」とおっしゃった時は、同じ曲かもしれないと思って、動揺したそうです。

それは、四天王のおひとりによる、美しい音色の、完璧な「最後のトレモロ」でした。

「いっそのこと、同じ曲やったらよかったね」
と私は夫に冗談を言いました。

いつものことですが、彼は器用さに胡坐をかいて、すぐに満足してしまうことが欠点なので、それが今後の課題です。

自分たちのことばかりを書きましたが、この練習会は全体的に内容が濃いものでした。

曲は他に、タレガの「夢」や「アデリータ」、いずみたくの「見上げてごらん夜の星を」、イルマルの「シンプリシタス」、アルベニスの「アストリアス」など、色々なものがありました。

そして、皆さん、割とよく練習できていたと思います。

教室は全体としてレベルが上がってきている気がします。

その中で、私は、ひとりの欠席された方のことを気にしています。

彼女は、私がバリオスに挑戦していた時期、味方になってくれた、少ない人物のひとりです。

私は彼女に会いたいです。(了)



 肝試し会の反省とこれからの課題 その4
2010年07月22日 (木) | 編集 |

夫が弾く番になりました。

「バリオスの郷愁のショーロ。途中で手がつるかも知れません」

そして、彼は肩でリズムを取り、大きく呼吸をして、この曲を弾き始めました。

汽車に乗って、故郷へ近づいていくような短い前弾きの部分で、彼はぐっと曲に入っていき、Aの部分では込み上げて来る悲しみを表現し、二回目は少し変化をつけて、その終わりの方では、苦しみながら現実を受け入れていく人のように、感情のほとばしりを収束させていきました。

Bの表現は大雑把に言えば、二通りの表現があると思うのですが、彼が選んだ表現はAを受けて、静かに歌い上げる方法でした。

「二通りの弾き方ができるように」
と先生に言われて、練習したもうひとつの弾き方を、彼は早めに捨てました。

選ばれた人にしかできないと、オリジナルの運指で弾くことにこだわり続けた箇所は、一回目は苦しそうに無理やり押さえて、音がひずみましたが、リピートでもう一度巡って来た時には、しっかりと押さえて、よい音を響かせて、取り返しました。

これで大丈夫そうな流れでした。
しかし、彼はCに入ってすぐ、つまづいてしまいました。
ここには、先生が「鏡がきらっと光るように」とおっしゃってくださった、大切な、特別なスラーが含まれています。

Cは、AやBとは対照的に、明るく、幸せそうな音楽です。
しかし、弾く人にとっては、それまでの疲れが一気に出てくる箇所でもあります。

すっぱり切り捨てて、次に進んでいくには、あまりに中途半端な位置でした。
彼が何度も弾き直して、もがき苦しむ様を、私は初めてみました。

しかし、彼は意地で、蟻地獄から這い出し、頭の中で思い描いている元々のスピードに、曲の続きを、半ば強引に乗せました。



 肝試し会の反省とこれからの課題 その3
2010年07月21日 (水) | 編集 |

今回の練習会の構成は二部構成で、私の出番は一部の後半、夫の出番は二部の後半に分かれていました。

私の演奏が終わると、彼は私からすぐにギターを受け取って、5弦と6弦を下げました。

一部が終わって、休憩の時間になると、彼は調弦をしっかり合わせて、練習していました。
バリオスの「郷愁のショーロ」はレソ調弦ですので、4弦を基本にすべての弦を合わせます。
時間と環境が許せば、4弦はチューナーで合わせるのですが、今回、それは省略しました。

私は隣に座って、彼の練習を聴いていました。
後の出番の生徒さんが練習する音が全部入り混じっていましたが、私は彼の音だけをはっきりと聴くことができました。

彼が弾く「郷愁のショーロ」は、私にとって、特別な意味を持っています。

この曲は、私が「禁じられた遊び」、「アルハンブラの想い出」に次いで、三番目に名前を覚えたギターの曲です。

彼がこの曲のほんの一部を、長いブランクで鈍った腕で、弾いているのを聴いた時、私は、彼が若いときに真面目にギターに取り組んだ人であることと、まだ弾ける人であることを確信しました。

それは、私達が婚約中だった2000年の暮れのことでした。

その後、私は彼に、何度となく「弾いて欲しい」と言っては頑なに断られ、言えば言うほど嫌がるということがわかってその話をしなくなり、自分が弾くという暴挙に出たのですが、それである程度気が済んだので、その後はすっかり諦めて、忘れてしまいました。

全然ギターを弾かなかった時よりいいのだから、もう好きなようにすればいい。

そう思っていたのに、突然、彼はこの曲を弾くと言い出しました。
それが、昨年(2009年)11月の半ばのことです。

それから彼は、あまり勉強しなくても成績がよい中学生か高校生のように、この曲を8ヶ月間、練習してきました。

その間、思い通りにならず、一度だけ癇癪を起こしたことがありますが、その後は冷静に、演奏を組み立てていきました。

彼は二十歳の時にこの曲を演奏しました。
その時のテープは残っていなくて、写真が一枚だけ残されています。

思えば、私がその写真を見た瞬間が、私達のその後の運命を決定付けた瞬間でした。



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