クラシックギターをやっています。少しずつ前に進んでいます。(カステラミルクの雑記帳2009年1月16日~2014年12月31日、カステラミルクの練習帳2009/04/09~2014年12月31日)定期更新を終了いたしました。
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 ご報告(2015年3月24日)
2015年03月24日 (火) | 編集 |
前の教室の先生が亡くなられて現在で半年以上経ち、1月下旬には教室のホームページがなくなりました。
段々と先生のお名前が検索エンジンから消えていく状況に合わせ、本日、私もひとつの記事に鍵をかけました。

今はただ、ご家族が静かに暮らせるようにと願っております。

私に教室を紹介してくれた友人と、最後まで共に学んだ仲間三名と連絡を取りたいと思っていましたが、夫も私ももう別の道を歩き出しており、これ以上振り返るわけにはいかないので、ここまでにいたしました
ギターを続けてさえいれば、いつかきっとどこかで会えるでしょう。


さて、夫と私は元気です。
新しい教室の先生には、たいへん温かく迎えていただき、今は楽しくレッスンを受けています。


その他の近況ですが、私は昨年末に宣言した通り、Youtubeを聴くことを控えて、CDをじっくり聴くようになりました。
その辺りのことを少し詳しく私の意見も交えて書いてみようと思います。

弾けなくてもある程度バロックの曲を理解できるようになりたくて、それも楽器ひとつで演奏されたものがよくて、低い音のものから聴いてみようとチェロを選択したのですが、これがなかなか難しく、いきなり壁にぶつかり、「古楽器製作家の思うこと いろいろ」様で、非常に聡明な方に、親切なアドバイスをいただきました。
全く手掛かりがなかったので、有り難く思っております。

新しく買ったCD(ロストロポーヴィチさんの「無伴奏チェロ組曲」とフルニエさんのいろんな曲が入っているボックスセット)は、一昨日注文して昨日届いたところです。
お安くてびっくりしました。(2枚+7枚=9枚で5千円未満です。)
たぶん今年いっぱいこれらを聴いていると思います。

古典とロマン派の曲の鑑賞については、僭越ながら、私は手掛かりを持っています。
恩師がぼろぼろの御手でステージで小品を演奏されたり、レッスンで長い曲を部分的に弾いてくださったのが、私の鑑賞の基礎にもなっています。

膨大でしかも正統な練習を積まれてきたプロの方に、この時代の曲の演奏に関して、私が望むことは、これでもかとテクニックを見せつけることではなく、普通にきれいに弾いていただきたいということです。
コンテンポラリーではそういうふうに弾いてくださって構いませんが、今のように夜は明るくなく、外は騒がしくなかった頃、人々を楽しませ、和ませてきた曲を、今の時代にわざわざ演奏されるのならば、先人への尊敬と感謝の気持ちが感じられるものであってほしいと思っています。

もっと言うなら、前の教室では、高齢の生徒さんの演奏の中に、その方が若いころ習われた別の先生のエッセンスが感じ取れることさえありました。
つまり、最終的に演奏は、演奏者の人柄にたどり着くと思っています。
この時期の作品の多くは、そういうものが聴き手に伝わりやすいおそろしいものだと私は思っています。

もしかしたら、私は、これらの曲についても、バロックの曲にするのと同じように、少し昔の演奏家の録音を選んで聴くのがよいかもしれません。(30年~40年ぐらい前でしょうか?)
手元にあるCDでは満足できませんし、身近によい演奏を聴くことはできなくなってしまいましたので…

コンテンポラリーの曲の鑑賞については割と自信を持っているので、これまで通り、深く考えず、楽しく聴いていこうと思っています。



捕捉:10年ぐらい前、夫と私はその時の教室の仲間に、一番好きなギタリストは誰かと聞かれて、ある方の名前を口をそろえて答えたことがあります。
「どこがいいの」、「昔聴いてた」等、複数の人に言われて、その時はどうしてだろうと思っていたのですが、残念ながら数年後、夫も私も別の理由で、その方の演奏を聴くことから離れることになってしまいました。
私は聴いた印象でだけですが、夫はたった一曲ほんの少しだけ技術面で引っかかるところが出てきてしまい、聴かなくなってしまいました。

最近、その方がプロ志望の若者に対してツイッターを通しておっしゃったことは、私は内容的には正しくても、言い方が非常によくないと思いました。
「少子化」という言葉が使われていました。
それは若者のせいではありませんし、それで彼らが努力不足になるという根拠はないと私は思いました。
その方は善意で厳しくおっしゃったのかもしれませんが、私には意地悪く映り、ファンを離れて正解だったと思いました。

指導者の言葉としては、溝淵浩五郎先生編著の「カルカッシ・ギター教則本」の「ギター上達に必要なこと」に書いてあることが、いつの時代も誰にもあてはまるすばらしい内容だと思います。
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